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てるてる坊主の意味を由来から追いかけた!実は怖いけど深みたっぷり

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てるてる坊主は、最近ではほとんど軒先に吊るしてあるのを見なくなりました。

以前はお母さんが子供さんと一緒に明日の運動会や遠足ができるようにと願いを込めて吊るしていたものです。

 

最近では、気象情報も正確になったので天気予報もかなりの確率で当たるためでしょうか?

みなさん、“明日の天気は雨ならば仕方ない”と冷めた目で見る傾向があるように感じます。

( ;∀;)

ところで、この「てるてる坊主」という“おまじない”は日本の風習として昔から残っていますね。

いつ頃からどうやって、この風習が生まれてきたのでしょうか?その根源を一緒に探ってみましょう!(^_^)

 

てるてる坊主の起源はここから

 

日本では昔から「てるてる坊主」を作るおまじないがありますが、本当は『照る照る法師』と呼ばれていたのが、『照る照る坊主』になったと言われるようになったそうです。

 

今も地域によっては『てるてる法師』、『てれてれ坊主』と呼び名で残っているところがあります。

 

日本での起源はここから

 

日本では、すでに江戸時代中期に「てるてる坊主」の風習はあったようです。

ただし、このころは今のようなシンプルな形ではなく、折り紙のような人型にされたものが主流。

今よりも人間に近い形をしていたみたいです!

各地域によって、【てり雛・てり法師・てりてり坊主・てるてる・てるてる法師・てるてる坊主・てれてれ法師】などのさまざまな呼び方があります!

 

 

また、「てるてる坊主」のことについて、1830年に刊行された江戸時代後期の風俗習慣、歌舞曲などの”随筆嬉遊笑覧”(喜多村信節作)には、晴天になった後は、瞳を書き入れてお神酒を添えて、川に流すと記されてありました。

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ところで、軽い気持ちでの”おまじない”ならば、願いを果たせれば後のことはどこ吹く風。

それまでのことは忘れてしまいがちです。

 

ところが、昔の人たちは、願いが果たせようが果たせまいが後々の感謝の気持ちを忘れず”かたち”にして返しています。

なぜ、そこまでするのでしょうか?

昔から日本人は農耕文化の中で生きて来たから季節の移り代わりや天候の変化には敏感でした。

特に自然の猛威に対してはとても恐れていたのではないでしょうか?

 

もちろん地震や干ばつもそうですが、雨季が長い日本では一番気にしていたのが長雨かもしれません。

てるてる坊主を吊るして晴天を願う思いは昔の人の方が切実だったかもしてませんね!

 

中国の掃晴娘(サンオンチャン)伝説がてるてる坊主の原点

 

この晴天を願う”おまじない”は、いつごろから始まったのでしょうか?

「てるてる坊主」は中国から伝わったと言われいます。

晴娘(チャンニャン)という名の少女にまつわる伝説が起源と言われていて、この伝説が伝わったは、古く平安時代らしいです。

 

日本では「僧侶が呪術的要素を持つ祈祷師」という意味合いが強い時代もあったので、女の子よりも神通力があるように思えたのでしょうね。

では、掃晴娘(サンオンチャン)伝説とは、どんなお話だったのか簡単にお伝えします。

 

中国の村が連日続く雨により水害に陥っていた。村に住む少女、掃晴娘は、雨の神である龍神に雨を止めてくれるよう祈った。すると、天上から龍神の妃になるならば雨を止めるという声が響き渡った。掃晴娘はこれを承諾し、雨は無事に止んで空は晴れ渡った。掃晴娘は天に昇ったためどこにも姿が見えなくなった

引用:掃晴娘‐Wikipedia

 

掃晴娘伝説は”ほうき”を持って空の雨雲を掃きはらう晴れ娘のことで、今も中国では継承されているそうです。

首都の北京をはじめ、各地域の村々にも浸透しているみたいですね。

大雨が続くときには「雲掃人形」を作って軒下に吊るす地域もようです。

この人形の特徴は頭が白で服は赤、手で”ほうき”を持った姿が有名です。

昔の中国は、日本以上に土地が広く、しかも大きな川が流れているところも多いので自然の猛威に対する恐れは切実だったと考えられます。

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しかも、今のように気象に対する知識もない時代。

当然、自然へ畏敬の念から自然崇拝という考え方が生まれてきたのでしょう。

 

たぶん、そういうものが雨の神とか龍神という形で信仰の対象になったのかもしれません。

 

 

 

てるてる坊主と晴娘の共通点は自然への畏敬

 

このてるてる坊主には、ちょっと悲しい寓話が残っているのをご存じでしょうか?

そして、これは晴娘の話と共通するところがあるんです。

まず、「てるてる坊主」には、こんな昔話がまことしやかに残っています。

 

昔々、長く雨が続いて村人が苦しんでいました。そこで、一人の僧侶が雨を止ますためにお経を唱えましたが、いっこうに雨はやなかったそうです。嘘つきと罵られた僧侶は領主の侍から首をきられてさらされました。すると、翌日から長雨が止んだというのです。

 

日本では昔、橋や堤防の普請などに人柱を立てたりする習わしがあったと聞いたことがありますが、どうもこれに似ています。

実はよく読んでみると、中国でも時代や地域によって少し話の内容が違うものもあります。

たとえば、こんな話は少し「てるてる坊主」の昔話に似てませんか?

 

中国のある村に、紙切り細工が好きな晴娘という少女がいた。ある年、雨が長く続くので彼女が晴れることを願うと、命を差し出せば雨が止む。だが、拒めば雨が降り続き、大惨事をもとらすと天から声が聞こえた。迷った末に晴娘が自らを犠牲にしたことで雨が上がった。

 

日本の僧侶にしろ、中国の晴娘にしろ、自然の猛威を鎮めるために自ら命を捧げることで多くの人の命を助けたというところは共通しています。

日本と中国を初めとする東アジアには、自然の猛威と共存し生きていかなければならない農耕文化であるが故に生まれた悲しい慣習かもしれません。

 

由来から考える私にとってのてるてる坊主の意味

 

子供の頃から親しんできた「てるてる坊主」。

物心がついた頃から意味を考えず『明日晴れたらいいな!』と軽い気持ちで軒下に吊るしたものです。

 

まさか、こんな由来があるとは思っていませんでした。

ところが、知ってみると余計に親しみが深まり、”一晩中お願いしてくれている私の身代わり”だと思うと何か申し訳ない不思議な気持ちが湧いてきました。

 

 

てるてる坊主の歌詞への想い

 

てるてる坊主には、こんな歌詞がありますが、このような背景を知って歌ってみると少し違った味わいを感じるかもしれません。

作詞:浅原 鏡村 作曲:中山 晋平

1.てるてる坊主 てる坊主
あした天気に しておくれ
いつかの夢の 空のよに
晴れたら金の鈴(すず)あげよ

2.てるてる坊主 てる坊主
あした天気に しておくれ
私の願(ねがい)を 聞いたなら
あまいお酒を たんと飲ましょ

3.てるてる坊主 てる坊主
あした天気に しておくれ
それでも曇(くも)って 泣いたなら
そなたの首を チョンと切るぞ

 

 

歌詞の内容をよくみてみると賞罰がはっきりしているのには気づきませんか?

 

その意味するところを考えてみました。

昔は今以上に天候の変化に対する願望は切実だったのかもしれません。なぜなら、天候と土地との関係は切っても切り離せない間柄にあるからです。

 

もし、当時の人たちが土地を失えば、それは直ちに死を意味することになりかねません。

土地を耕し生きるということは極めてそういうリスクを抱えていることになり、ある意味で生きるか死ぬかといった非情な精神状態まで追い込まれることだってあるからです。

 

そんな時代背景が歌詞で表されている。それが歌詞の印象的なポイントですね。

 

まとめ

 

昔から引き継がれている風習には、先人からのいろいろな思いや願いが込められているものが多いと思います!

「てるてる坊主」などは子供の頃から親しんできたみじかな風習ですが、その由来をひも解いてみると自然と向き合って来た先人たちの苦労もなんとなく伝わって来る気がします。

まだまだ、他にも当たり前のように受け継がれいる風習はたくさんあるはずです。

少し興味を持って勉強してみると違った世界が開けて来るかもしれませんよ!(^_^)

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